【M&A事例】人生をかけてきた会社を譲渡することは、手塩にかけた娘を嫁に出す気持ち
栃木県の西部にあるM測量、創業から今年で50年の老舗だ。
M社長から相談があったのは3年前、社長が75歳の時である。
その時から、M社長は、会社を第三者に譲渡することに随分悩み、あっという間に2年半が経過した。
今回は、M&A実録シリーズとして、このM社長の心の変遷をたどってみたい。
1.それでも決心がつかなかった2年半
栃木県西部にて、M社長がこの測量会社を創業したのが、今から50年前である。
県内の進学高校を経て、中央大学法学部へと進学した。
大学卒業後は、法務の世界には進もうとしなかった。
そんなM社長は、卒業後、都内の自動車販売会社へと就職をした。
営業成績はそこそこ良かったのだが、何とも自分の性に合わなかった。
そんな時に運命の出会いがあった。
車を販売した女性のお客様が、偶々、土地家屋調査士の資格を持って仕事を、サクサクと格好よくこなしていたのだ。
その女性からこんな声をかけられた。
「土地家屋調査士の仕事って、とっても面白くて、この世の中から無くならない仕事なのよ。あなたも是非やってみたらどう?」
こんな言葉がきっかけとなって、今の仕事の準備段階として、1年間測量会社にて業務に従事した。
その後、測量士の資格も取り栃木県で開業をして、順次、土地家屋調査士、行政書士、宅地建物取引士の資格を取得し、社員も徐々に増やしていったのだ。
2.決心は、偶然の重なりがきっかけ
そんなM社長であったが、息子さん二人がいたのだが、二人ともこの会社を継ぐことはせず、自分たちの選んだ道を歩むことにしたのだ。
弊社と知り合ったのは、今からちょうど3年前である。
始めは、頭では会社を第3者に譲渡しなければならないのは分かるのだが、自分の人生として亡き妻と育ててきた、可愛い子供同然のこの会社を、よその誰だかわからない弊社を通して、更に知らない会社に売却することには、大きなためらいがあった。
しかも面談の3回目には、M社長から「もう来ないでくれ!」とも言われてしまったのである。
少々の断り文句では、ひるまない性格の私であったので、数カ月の間隔を置きながら、時折訪問するという関係性が2年間も続くこととなる。
2年経った、今年の1月、いつもの表敬訪問と思って、M社長に連絡を入れると、いつになく荒い声で、「全くけしからん!どのM&Aの会社も信用できない対応なのか!」と言ってきたのだ。
早速訪問し、M社長の話を聞くと、「実はある会社にM&Aを相談したんだ。社員には分からないように進めて欲しいと念押しをしたのだが、翌日、何と社員がいるフロアーのFAXに“売却価格について”などという通知を不躾に送ってきたのだ。それを見た社員たちが慌ててしまい、社内の混乱を鎮めるのに一苦労したんだ。」と驚きの内容であった。
以前から弊社がお伺いしてきたにもかかわらず、他の仲介会社に相談していたことも驚きだが、その仲介会社の“守秘義務”に対するモラルの無さにもとても驚いた。
そんなことがあって、あらためてM社長は、長男と次男に対して、この会社を継ぐ意思があるのかないのかを確認した。
結果は非常にも、ハッキリとした言葉で「No」であった。
3.M&Aは、新たな出会いと会社発展の機会
そんなやり取りがあり、今年3月、正式に弊社が受託させて頂くことになった。
譲渡先の相手選びに関して、M社長からの要望は、以下のような内容であった。
・自社の周辺地域の会社でない事(情報漏えい防止、間合いが入っていない事)
・譲渡先とは、事業面において違った点があり、相乗効果を得られること
・自社の社風に合った譲渡先の社風及び社長であること
以上の3点を踏まえ、栃木県の同業者及び土木建設会社、そして全国で興味を持つ会社へと声かけを開始した。
声かけを開始し、ノンネーム情報で興味を持った会社に、守秘義務を締結した上で「企業概要書」を開示した。
その結果5社が面談を希望し、6月に第1回目となるトップ面談をスタートさせた。
その中で、S社の社長(43才)が、生き生きとしたビジョンを語り、2社間の相乗効果の発揮、社員同士の融合、社風面での共通点を、M社長に真摯な対応で思いを語った。
M社長は、S社長の気持ちを聞いてとても感動した。
また、S社長の父親である会長が、M社長と同じ年で、昔からの知り合いだったこともあり、更にS社の営業担当者が、いつも明るい雰囲気で、M社を訪問していたことなどが重なり、このトップ面談が合意に向けて大きく動き出すこととなるのである。
4.中期ビジョンでワクワクした第2の人生へ
その後、譲渡側であるM社長と、譲受側であるS社長との面談は回を重ね、より詳細な相乗効果の高い中期ビジョンが、二人の中で盛り上がっていくのだった。
パワーポイントにてS社長がつくってくる2社の相乗効果を考慮した経営戦略と事業計画。
元来、起業家精神が強いM社長の気持ちは、その計画書を見るたびにやる気がドンドン出てくるのだ。
それまでは、「もう俺も引退か・・・」というような口癖が多かったM社長であったが、やる気スイッチは全開となった!
今では、2社の経営統合が完了したので、毎日のように既存顧客のところに、引継ぎを兼ねた深掘り営業にS社の社長や取締役たちと、意気込んで足を運ぶ日々が続いている。
正しく第2の人生が幕開けしたのであった。
株式会社エルシーアール 専務取締役 荒井 浩通