災害への備えとは~BCP(事業継続計画)の重要性~ 

能登半島地震により被災された皆さまへ、心よりお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復旧復興を、心よりお祈り申し上げます。

年頭から私の頭によぎったことを文字にしてみました。少しお付き合いください。

2024年1月1日、新年を迎え厳かな時を過ごしていた午後4時10分ごろ、突然の携帯アラームが鳴り響き、地鳴りと共に家が揺れだしました。直ちにテレビをつけると石川県能登地方が震源地との報道。女性アナウンサーが「今すぐ逃げて下さい。テレビを見ないで逃げてください」絶叫とも言えるアナウンスに、地震の大きさを知る事になります。

「天災は忘れた頃にやってくる」この言葉は科学者で随筆家の寺田寅彦が常々口にしていたことを弟子の中谷宇吉郎達が広めたと言われています。この言葉が取り上げられ始めた1938年以降も、多くの学者たちが自然災害を忘れることの危険性を説いています。
ですが、21世紀は地震活動や火山活動、地球温暖化などによる自然災害の起こる頻度が高くなり、天災は忘れた頃にやってくるではなく、何時でもやってくると肝に銘じておかなければならなくなりました。

寺田は随筆「天災と国防」の中で、次のようにも述べています。
『文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろな造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである』

この記述を歴史に当てはめていくと、18世紀半ばイギリスで産業革命がおこり、蒸気機関の開発から工場制機械工業に進み、そこから蒸気船や鉄道などの交通機関への応用は、人々の労働生産性の効率化や移動時間の短縮化へと導きます。

エネルギーの世界においても化石燃料から原子力、そして再生可能エネルギーへと発電効率と安全性のバランスを取りながら進化を遂げてきたかと思われました。

しかし、寺田の憂慮したことが東日本大震災、能登半島地震で起こります。日本人は幾多の自然災害、人災、戦災を経ていながらも地震から火災、そして津波では何の抵抗もできず、一瞬にして尊い命と町が奪われてしまったのです。とりわけ東日本大震災では福島第一原子力発電所事故という日本人が経験したことのない大惨事となり、未だ廃炉にならないなど暗い影を残してしまうのです。

こう書き連ねると、人間とは自然の前ではただただ無力であり、それは物質文化の敗北なのか、それとも人間の驕りだったのでしょうか。

歴史を学ばない国は滅びるといいますが、現在から過去そして未来と今ある苦難は過去の経験を踏まえて、輝かしい未来を導きださねばならないのです。

日本においても東日本大震災をきっかけにBCP(事業継続計画)が注目されました。
BCP(事業継続計画)とは企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のことです。

株式会社エルシーアールでは国交省のBCP認定企業になるコンサルティングを行っています。
「備えあれば憂いなし」ではないですが、BCP認定企業となって日々の備えを盤石にして、自然との共生をしていきませんか。

          株式会社エルシーアール 事業推進部 課長代理 楡木  晃二